目覚めたら、お姉さまの部屋だった。
トイレで襲われていたはずなのに……なぜ?
「いやっ」
比奈は、自分の叫び声と共に意識を取り戻した。
瞳を開いた先には、木目の見慣れない天井。
……あれ?
いつも起きたとき最初に見る寮の天井ではなかった。それにいつものベッドではなく布団に寝ていた。
低い視点から室内を見回すと、どうも同じ寮だが別の誰かの部屋らしい。
質素な足の短い文机、その横からは本棚の壁が続いていた。綺麗に整理された本棚だ。一番下の段は辞典、そこから上に行くに従って、教科書、小説、漫画となっている。
時計を見ると、二時を指していた。辺りの静けさから察するに真夜中か。
白々とした蛍光灯が室内を照らしている。
「……なんで……こんなところに……?」
比奈が身体を起こそうとしたその時だった。
すぐ枕元に、人が座っていることに気付いた。
綿の長襦袢を見事に着こなし、艶のある黒髪をポニーテール気味に縛っている少女。吊り目気味の瞳が比奈を見つめ、優しく微笑んだ。
「えっ?」
思わず比奈は目を疑ってしまった。だって、そこにいたのは憧れの京先輩……姉さまだったのだから。なんで?
慌てて身体を起こそうとして、疼痛に襲われる。身体の芯が痛む。
「あっ」
痛みが、ぼんやりとした記憶を一気に呼び戻した。さっきまで確かトイレにいて、そして――
「……まだ、動かない方がいい」
大人っぽくて落ち着いたハスキーな声だった。
「ここは私の部屋。だから安全。心配しないで」
……え?
ということは……この布団は姉さまの布団? それに、いま自分が着ている服はなんだろうか? 制服とは違う、姉さまと同じような襦袢を着ているようだった。
「……悪いと思ったけど、勝手に着替えさせといた。……汚れてたから」
その言葉が更に比奈を混乱させた。
それは……全部、見られてしまったということだろうか。別にそれはそれで良かったけれど、まだ心の準備が。意思とは反対に顔が真っ赤になってしまう。頭の上にヤカンを置いたらお湯が沸くかもしれない。
「だいじょうぶ、可愛かった」
優しく微笑まれて、比奈の頬は更に赤くなってしまう。駄目だ、身体の芯まで熱くなってきた……。
「制服は洗濯して、いま乾かしてる。だけど、ショーツは……ショーツは捨てといたけど、いい?」
こくり、頷くのが精一杯の比奈。
「代わりに、私のを穿かせておいたから……」
うそ。
熱くなった芯が、今にも滲み出しそうになった。
京は、何があったのかを聞こうとはしなかった。それは不器用な優しさなのだと比奈は思う。それに、目覚めるまで枕元で付き添ってくれるなんて――。姉さまのことが更に好きになれそうだった。
布団のなかにお姉さまが入ってくると、包み込むように比奈を抱いてくれる。ちょうど比奈の顔の辺りに、京の胸がきた。形の良いそれは顔を埋めると程よく押し返してきて心地よい。
「今夜は一緒に寝ましょう。……今から外に出るわけにもいかないし……」
比奈は答えずに、代わりに京の腰に手を回すと身体を寄り添わせる。二人を隔てているのは薄い襦袢の生地だけ。
今は、姉さんの香りに包まれて眠りにつこう。
それがおぞましい記憶を消し去る唯一の方法だと思った。
だがこのときの比奈は、まだ知らない。
自分の体内に化け物が寄生しているということを。そいつが不気味に蠢動していることを……。
寄生蟲7に続く。
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